イーロン・マスクの示す「目標設定」と「権限移譲」について

とある Youtuber(かな?)の動画にイーロン・マスクの経営方法に関しての話がありました。そこで「権限移譲」の話がでてきたので、ちょっと記録をのこしておきます。

How Elon Musk Gets So Much Done – Marc Andreessen

ここで話している マーク・アンドリーセン氏は「イーロン・マスク氏と仕事をしたことはないが~」と明言しているので、実際のマスク氏がどういう考えで経営をしているのか不明ではあるのですが、アンドリーセン氏から見た良い点を語っているという視点でみてください。

マーク・アンドリーセンって名前を聞いたことがあるような無いような気がしていたのですが、モザイクやネットスケープの創始者プログラマですね。現在は投資活動が専門のようです。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%BB%E3%83%B3

そういう意味ではプログラマ的な視点でもあるのかも。

目標設定

Youtubeの動画をざっと見たところ(字幕を日本語にして)、肝となるのがトップダウンによる明確な目標設定と、現場で自由に実行できるようにする権限移譲が重要です。

株式会社の最終目的は「儲けること」というな訳ですが、単純に「儲ける」にしても手段が色々あります。イーロン・マスク氏がどう考えているか分かりませんが、少なくとも赤字を垂れ流しながら福祉活動をするという訳ではなさそうです。そういう意味では一般的な株式会社ととしての目標設定(売上とか販売シェアとか)があるでしょう。

トップの仕事として何らかの具体的な数値目標を立てることも重要ではありますが、彼ほどたくさんの会社を持っていれば(これは孫正義氏もそうだと思うのですが)、手持ちの複数の会社を組み合わせてより利益を上げる方向を考えます。まあ、そのために大手の会社は買収をしたりグループ会社を作ったりするわけで、全体としての最適化を図るわけですね。

そう、部分最適化ではなくて全体最適化です。マスク氏が持つ会社あるいはマスク氏の周辺にあるアメリカ合衆国という国も含めて、マスク氏は最適化を図ろうと考えるわけです。このあたり、トランプ氏の思考回路も似た感じで、トランプ氏が持っている株や会社がうまく業績があがるようにアメリカ合衆国やその周辺の国を動かそうとします。実に分かりやすい「アメリカ第一主義」の発想です。この発想の良い悪いは別として、この発想の仕方からみると、マスク氏やトランプ氏の行動は予測しやすいと考えられます。特に、マスク氏のほうは自らの嫌悪感ではなく合理的に進める傾向が強いので、これも予測しやすいです。もちろん、予測しやすいからと言って同じようにできるわけではありません。同じようにできるのはマスク氏の胆力と献身性(自らの考えに献身するという意味で)に原動力があります。

そういうなかで手持ちの会社=つまりはカードを最適に動かすための「目標設定」を考えます。アンドリーセン氏が言う「ボトルネックを見つけるのうまい」というのはそういうところです。目標が明確になっているので、その障害となっているものを取り除く、あるいは弱いところにサポートしていく合理性をマスク氏は持っています。

これ、TOC(制約理論)の考え方そのものなんだけど、アンドリーセン氏や Youtube のインテビュアが知っているかわからないのですが、制約理論自体は MBA の教科書に載っている位なので、おそらく知っています。気づいているかどうかはわからないけど。

権限移譲

合理的な思考ができれば目標設定ができあがります。いや、合理的ではなくても目標設定ぐらいは誰しもができるでしょう。例えば、「来年の年末には宝くじ1億円をあてる」という具体的な目標を設定することは簡単です。これを達成するための手段が不可能ってだけで、具体的な目標を立てるのはそう難しくはありません。「売上○○億円を達成する」とか「アイドルになる」とか「今年は○○キロ減量する」とかいうのも似たような感じです。

要は、どうやって目標を達成するのか?という道筋を作らないといけないのです。

「今年は○○キロ減量する」という個人的な目標は自分で動かないといけないし、自分が動けばいいので達成は可能そうですね。NHKの減量コーナーは運動や諸々をみながら自らが動くことになります。

しかし、マスク氏のように多くの会社を持っている場合はどうでしょう?それぞれの会社に対して具体的な目標設定をしたところで、果たして彼はそれぞれの会社にいちいち口を出さないといけないのでしょうか?

実は、この手の組織論に堀江氏をはじめとする「フラットな組織論」というのが流行った時期があります。社長が社員という二階層だけにして、社長がひとりひとりの社員の活動をメールなどを受けてさばくという会社のシステムです。このフラットな組織がうまくいったのかどうかはよくわかりませんが、社長のマンパワーに依存しているのは確かなことです。社長の時間は24時間しかありませんから、どう効率よく動いても24時間しかありません。フラットな組織は中間層を排除してしまって、全体の組織が社長の手足のようにスピード感あふれる動きかたが出来る…というように見えますが、それは社長の24時間に達するまででしかありません。あるいは、社長の能力を会社は越えられないのです。ある意味、社長の能力までは会社は成長しますが、それ以上にはなりません。

まあ、そうなるので、一定の金銭を得た後は投資家は投資に走る(金が金を生むという仕組み)わけですが、マスク氏の場合は自社に投資をするという別な形に効率化を推し進めていきます。

つまりは、マスク氏が全体の最適化の図を描き、手持ちの会社の目標設定をした後は、その目標を達成するための手段を会社自体に「権限移譲」するわけです。目標が達成できればよいし、達成できなければ目標を達成するための手段を考えます。ボトルネックを一緒に探したり、そもそもの目標設定を達成可能なものに書き換えたりするわけです。

この権限移譲の考え方はリッツカールトンのクレドに近いです。ホテルのリッツカールトンでは、スタッフに相応の自由に活用できる金額を申し渡しています。お客を助けるためにスタッフの自由意志によって会社の予算が自由に使える訳です。ある程度の上限は決まっていますが、自由裁量の幅が他とは違います。このためにホテルに滞在しているお客に対してサービスの自由度が大きくなっています。

フラットな組織は一見、中間層がなくなって決断がスピーディになる(社長と社員が直結するので)ように見えますが、先に言ったように社長の24時間運用が上限になります。それ以上になると、社員からの問い合わせが待ち行列に入ってしまいますね。

ところが、リッツカールトン方式になるとホテルのスタッフの自由裁量によりホテルのオーナーや総支配人の許可を得ずに、お客へのサービスを提供できます。決裁権がスタッフ/社員側にあるというわけです。

これを大手の会社やグループ会社に拡大してみましょう。トップのオーナーであるマスク氏の意向をや目標設定ををクレドに書き込み、グループ会社の社員に渡したとしましょう。到底それはうまくいきそうにありません。社員が善人であるという前提も必要ではありますが、現場で動いている社員がうまく動けるようにマネジメントする層が必要なのです。この中間層が「知識創造企業」で云うところの「ミドル」という層です。中間管理職と言ってもいいし、プロジェクトマネージャと言ってもいいし、スクラムマスターと言ってもいいです。

つまりは現場が現場で動き、トップはトップで全体最適化を図るように目標設定をする。そして、中間のミドルマネジメント層がトップより「権限移譲」された決裁権などを利用して、現場の取り纏めや外渉などを行います。現場の人が外渉や調達までするのは大変ですからね。そこのあたりはPMBOKに書かれているところです。

中間層と現場の選定

目標設定と権限移譲の組み合わせなんだが、これには「きちんと仕事をする」という前提が必要になる。例えば「リモートで在宅勤務にしている社員がサボるのではないか?」とか「チームでのサボりをなくすために日報を提出させよう」とか考えてはいけません。というか、そいう社員やスタッフが社内に存在してはいけないのです。

なので、ある人にとっては「とてもそんな組織はうまくいかないよ」という見方もありますが、ある人にとっては「結果さえ出ればいいんだから、可能だよ」という見方もあります。でもって、マスク氏が選定しているのは後者なわけです。

これは組織論の話であって、人権だとか国民だとかという話ではありません。あくまで会社という組織つまりは中途採用などを含めて、なんらかの選定があって会社が成り立っているわけです。その選定さえた人材だけでグループ会社を作って、それに対して目標設定をして全体最適化をイーロン・マスク氏は廻しているわけです。

理屈はわかるし、うまくやればできそうでしょ?実際マスク氏はできているわけですが、私自身がその組織に入りたいかと言うと(入れるかと言う問題もあるけどw)、

という気持ちです。スターリンクもテスラも魅力的な商品ではあるけれど、そこで働きたいかどうかは別ですよね。日本の場合はもう少し別のやり方もあるし、大きな会社でなんやかやと中間層や現場で働きたいわけでもないし。ちょっとずつ首を突っ込んでは来たけど、もうちょっと別のやり方もあります。

とはいえ、アンドリーセン氏から見たマスク氏の経営術は実に合理的なもので、あるい意味でプログラマ的でありソフトウェアエンジニアとして共感できる部分が多いです。特にスペースXの開発アプローチは、従来のモックアップ&試験の繰り返し違い(実は、トヨタでも大量のモックアップを作る方式にシフトしているけど)、ソフトウェアテスト的にスクラッチビルドを高速に繰り返して発展させる成功例ですから。資金力があればこそなんですが。

参考文献

TOC(制約理論)やボトルネックの理解に

リッツカールトンのクレド、権限移譲の方法

スクラム、ミドル・マネジメントの考え方

確か、MBA マネジメントにCCPMとか制約理論が載っていたはず。

カテゴリー: 開発 パーマリンク